2016年1月29日金曜日

『ミッドナイト・ミートトレイン』感想

『ミッドナイト・ミートトレイン』
クライヴ・バーカー著/宮脇孝雄訳
集英社文庫「血の本[Ⅰ]ミッドナイト・ミートトレイン 真夜中の人肉列車」所収 初版1987年1月25日

 あらすじ・・・レオン・カウフマンは、ニューヨークという街に失望していた。あれ程憧れていた街が、結局はただの街だったと分かったからだ。
”歓楽の都だなんてとんでもない。この街が育むのは、快楽ではなく、死なのだ。”
 街の噂は<地下鉄内連続惨殺事件>で持ちきりだった。地下鉄内で、全身の毛を剃られ、つり革に逆さ吊りにされ、食肉加工所の肉のように、丁寧に解体された死体が見つかったのだ。犯人はまだ捕まっていなかった。
 マホガニーは、自分の神聖な仕事に誇りを持っていた。この日も地下鉄の駅で、「それ」にふさわしい肉体を持つ獲物を探していた。
 残業で遅くなったカウフマンは、乗り込んだ地下鉄の車内で眠ってしまう。目覚めると、隣の車両から布を裂くような音がした。そっと隣の車両を覗いたカウフマンが見たものは、まさに今、犠牲者を解体しようとしているマホガニーの姿だった。
 カウフマンは、自分が乗っているのが、真夜中の人肉列車であることに気づいた。

 行間から、むせ返るような血の匂いが漂ってきそうな、そんな作品です。殺人鬼が出てくるだけの、サイコホラーはあまり好きでは無いのですが(怪物のような人間が出てくる話より、怪物そのものが出てくるスーパーナチュラルな要素のあるホラーの方が好き)、これは単なるサイコ殺人鬼の話ではなく、もっと壮大な神話的物語です(キングなら大長編を書きそう)。ホラーファンにわかりやすくいうと、名状しがたい宇宙的恐怖を描いた物語です。カウフマンとマホガニーの対決は、あっさりし過ぎな気もいますが、人が死につつある瞬間を主観的に描写した部分は、作者の並々ならない筆力を感じさせます。

 作者のクライヴ・バーカーは、イギリス出身のホラー・ファンタジー作家です。最近はファンタジーの方に力を入れているようで、ちょっと残念です。著名な作品には、映画「ヘル・レイザー」の原作小説の「ヘルバウンド・ハート」や、映画「ミディアン」の原作「死都伝説」などがあります。
 短編集「血の本」シリーズでデビューし、世界幻想文学大賞と英国幻想文学大賞を受賞しています。「ミッドナイト・ミートトレイン」は、「血の本」シリーズの巻頭を飾る作品です。

 「血の本[Ⅰ]ミッドナイト・ミートトレイン 真夜中の人肉列車」はクライヴ・バーカーのデビュー短編集の第一巻です。収録作の中では掉尾を飾る「丘に、町が」が、個人的にはベストだと思いますが、表題作もタイトルのインパクトと内容から評価が高い作品です。
 この本の初版が発売された頃、私は中学生か高校一年生ぐらいだったと思いますが、本屋で見かけてその表紙イラストの不気味さに、手に取るのをためらった記憶があります。

 スプラッターホラーと聞くと、それだけで眉をひそめる人もいると思いますが、私は文章なら想像力のフィルターがかけられるので、そのままの映像を見せつけられる映画より、小説のほうがスプラッターホラー向きだと思います。
「ミッドナイト・ミートトレイン」は、日本人監督の手で映画化されているそうですが、私はまだ見ていません。出来はどうなんでしょうかね? 

2016年1月8日金曜日

『刀鍛冶の双眸』感想

『刀鍛冶の双眸』
ゴードン・リンツナー著/白石朗訳
新潮文庫「幽霊世界」所収 初版1994年7月1日

 あらすじ・・・刀鍛冶の麻生は、商売敵の老刀鍛冶竹雄を闇討ちしようと、その家に忍び込んでいた。殺そうというのではない。その目を潰し、刀鍛冶としての命を絶とうというのだ。竹雄は麻生が足元にも及ばぬほどの腕前の持ち主で、仕事の殆どは武雄の元に集まるため、麻生の仕事は数えるほどしかなかった。武雄さえいなければ……という思いが、麻生を凶行に走らせた。首尾よく竹雄の目を潰した麻生だったが、数日後竹雄はこの傷が元で死んでしまう。それから麻生の周りで奇怪な現象が起きるようになる。様々なものに、目が、竹雄の鉄のような色の目が、庭石の表面に、味噌汁の中に、煙管の先の火皿から、花魁の股間から、麻生を見つめるのだ……。

 読んでる間も、読み終わった今も、感想は「嘘やろ!?」でした。何が「嘘」かって、これ書いたのが「日本人じゃない」ってことがです。 日本人がペンネームでアメリカの本に寄稿したのかと思うほど、内容が「日本」なんです。”時刻ははや、子の刻をなかば……””水無月の雨の音が……””ここは祇園や先斗町といった格式のある……”などなど、アメリカ人の書いた文章とは思えないんですよね。様式は、ほぼ完璧に日本の怪談話になってます。これって、作者がすごい日本マニアなのか、訳者の翻訳センスがすごいのか、どっちなんでしょう? こういう時、英語が読めたら原書で読んでみたいんですけどねぇ……。

 作者のゴードン・リンツナーは解説によると、ファンジン<スペース&タイム>誌の編集者だということで……って、職業作家でもないのかこの人! ホント、どういう人なんでしょう? 未訳に「The Oni」とあるのも日本を舞台にしたものでしょうか? 読みたいんですが、誰か翻訳してくれませんかね?

「幽霊世界」はポール・F・オルソン、デイヴィッド・B・シルヴァ編の「幽霊もの」ホラーアンソロジーです。リンツナー以外には、キャスリン・プタセク、チャールズ・デ=リント、チャールズ・L・グラント、ラムジー・キャンベル、ロバート・R・マキャモンなどです。一番はやはり、マキャモンの表題作でしょう。しかし、ホラーファンが一番見逃せない(読み逃せない?)のは、ディーン・R・クーンツによる「あとがき」でしょう。「あとがき」とありますが、内容はむしろクーンツによるホラー論になっています。ホラーファンなら快哉を叫ぶ事間違い無しの、名文になっています。 

2016年1月1日金曜日

『<彗星座>復活』感想

『<彗星座>復活』
チェット・ウィリアムスン著/夏来健次訳
創元推理文庫「シルヴァー・スクリーム 上巻」所収 初版2013年11月29日

 あらすじ・・・<彗星座ドライヴイン>が閉鎖されると聞いたマイクは、友人のレニーを誘ってドライヴインシアターを買い取った。初日の売上は上々だったが、売上金の中に五十一年の五十セント硬貨があった。五十年代のファッションで決めた、古いマーキュリーに乗った若者たちが払ったものだという。
 翌週、マイクがチケット売り場にいると、マーキュリーに乗った若者たちがやって来た。マイクには、その車に見覚えがあった。
 「あの車は、昔俺が乗っていた車だ……。乗っている若僧は、あの頃の俺だ!」
 だがレニーは否定する。
「何を馬鹿なことを。そんなこと、あるわけ無いだろ」

 舞台設定もストーリー展開も完璧にホラー路線なのに、「怖い」というより「切ない」というのが正直な感想でした。特に、レニーがマイクの言うことを否定する理由が、また……。四十過ぎたおっさんにおすすめです。

 作者のチェット・ウィリアムスンって、創元推理文庫「999 妖女たち」所収の「<新十二宮クラブ>議事録とヘンリー・ワトスン・フェアファクスの日記よりの抜粋」(長っ!)しか読んだことがなかったので、悪趣味作家かと思ってたんですが、この作品を読んで印象がガラッと変わりましたね。この人の作品をもっと日本に紹介して欲しいです。

「シルヴァー・スクリーム」は、デイヴィッド・J・スカウ(ショウ)編の「映画ホラー」テーマのアンソロジーです。ウィリアムスン以外には、F・ポール・ウィルスン、ロバート・ブロック、レイ・ガートン、クライヴ・バーカー、ジョー・R・ランズデール、ほか多数。上下巻なので、ヴォリューム満点です。上巻ではこの「<彗星座>復活」以外では、F・ポール・ウィルスンの「カット」が良かったです。F・ポール・ウィルスンの、マイケル・マン監督への恨み節が込められてるようで……。